5月2日(火)
THE GHAN
10:00AliceSprings
アリススプリングス(オールドザガン博物館, フライングドクター基地, アンザックヒル)
朝目覚めると、列車は漆黒の闇の中を走っていた。かろうじて見えるのは、星だけである。朝食は7時からということだったので、モーニングコーヒーがくる前に6時にとりあえず起きたのであるが、予想通り、朝食よりもかなり早い6時15分頃に持ってきた。
ファーストクラスの一人用個室は、通路を挟んで両側に部屋があるため、部屋の中から朝日が見られるのは半分の確率。その運の良い側に乗っていたので、徐々に明るくなってくる光景をじっくり見ることができた。水平線上の日の出は太陽の回りだけが明るくなるが、地平線からの日の出は地平線全体が燃えるようにオレンジ色に染まってゆく。この上ない、素晴らしい景色であった。
そして、ずいぶん明るくなってきたところで朝食のご案内。食事をしているところで、ちょうど日の出を迎えた。今日相席したのは、シドニーから乗ってきたという年輩のおばさん二人連れ。これがまた、すごく簡単なことを言っているはずなのに、何度聞いてもわからない。これこそが、オーストラリア独特の訛。ちょうど年輩の人が話す東北弁のようなものだ。苦労しながら、なんとか会話にしていたという感じであった。
朝食は、パンとスクランブルエッグのような一品を選ぶことができるが、いたってシンプルな食事。しっかりベジマイトが置いてあったので、オーストラリア人との会話に使わせていただく。オーストラリア人は、誰でも大好きというのもまんざらではないようだ。陽もすっかり昇り、部屋に戻ると予想通りしっかりベッドが片づけられていた。砂漠のど真ん中を走っているかと思いきや、緑は多いし、湖もあるし、川もある。川ごとになになに川ですと言いながら徐行運転していたので、川があるのは相当珍しいのかと思ったら、その後も何度か川があり、そのたびにアナウンスと徐行運転が繰り返された。
10時少し過ぎたところで、アリススプリングスに到着。19時間に及ぶ豪華列車の旅は終了した。北斗星に比べると、室内設備は若干劣る気もするが、食堂車で会話を楽しみながらのんびり食事、ラウンジでバーテンや他の乗客と会話をしたり、あっという間に時間がたってしまったという感じがする。アリススプリングスの駅は、ホームなど何もないところ。だが、どのガイドブックを見ても何もない駅と書かれていたが、小さいながらしっかり駅舎はある。ヨーロッパだったら、このような駅はたくさんあることだろう。
アリススプリングスは、その名の通り多くの泉(スプリングス)の周りにできた小さな町。そして、この町の電信線建設監督官の奥さんの名前アリスから取ったものだという。小さな町だから、昨日聞いていた宿へ行くのも徒歩10分くらい。これで、もう町の中心街から離れてしまっているのだから、どれだけ小さな町であることか。宿はAnnie's Placeというバックパッカーの宿。今日泊まれるか聞いてみると、なにやらイベントがあるらしく、シングルは満室でドミトリーかツインしかないという。今日は旅の折り返し地点で、荷物の整理を行いたいし、イベントがあるときにドミトリーは浮きまくって面白くないだろう。
どうしようかなぁと悩んでいると、フレンドリーな対応とTVのある$42を選ぶか、他のひどいところの$35を選ぶかと言われ、じゃぁ$42と言うと、バカウケしていた。歩き方にも載っていないので、新しいバックパッカーの宿と思われ、モーテル形式の部屋もある。チャーミングな娘がいるよという話は、数十年前は・・・というのがつく感じのおばさんだった。
とりあえず荷物を置き、自転車を借りてアリススプリングスの町へ出発である。ヘルメットも貸してもらえるようだったが、借りなかった。確かに、自転車に乗っているほとんどの人がヘルメットをしていたなと思った。それにしても、黒人がたくさん歩いている。なぜ、こんなところで・・・と思ったのであるが、ここはアボリジニランドである。そうか、この人たちがオーストラリアの先住民族アボリジニなのか。なんどかすれ違うときに挨拶したり、時間を聞かれたりしたのであるが、何を言っているのかさっぱりわからない。もはや英語が聞き取れないことはないだろうから、どうもアボリジニ語で話をしているようだった。
まずは、何はなくとも町の中心街、トッドモールへ。商店街が連なるストリートであるが、歩いても5分もかからない本当に短い通り。そこでサンドイッチの昼食後、明日のバスの予約を行うために、バス乗り場を探してみる。しかし、歩き方の地図の場所にはそれらしき物が無し。仕方がないので、トッドモールの前にある旅行会社でバスだけ予約。そのときに、どこでバスに乗ったらよいか訪ねると、なんとバス乗り場が移動していた。予約完了後そこへ行ってみると、しっかりバスターミナルができていた。駅の窓口があるのに、近くの旅行会社で予約したような感じであった。
さて、次はアリススプリング駅へ。今日乗ってきたザガンは、上り列車として13時に出発する。ホームはないので、列車の近くまで自転車で入っていくことができた。この上り列車に乗る日本人の鉄ちゃんらしき人が撮影をしていた。やはり、ゴールデンウィークで日本人の鉄ちゃんが多いのだろうか。しかし、昨日のザガンでは食事の時に相席した人以外見かけることはなかったが。
出発までここで見送っていても仕方がない。まだ15分あるので、オールドザガン博物館へ行く途中で列車を撮影すべく、一路南へ自転車を走らせる。オールドザガン博物館は、市街地から10km離れており、炎天下の中自転車で走るのも大変である。13時を過ぎたところで、適当なポイントでザガンを待つ。すると、ヴォー、ヴォーと独特のホーンの音を鳴らせながら、ザガンがゆっくり走ってきた。相変わらずすごく遅い。列車が通り過ぎた後、列車を自転車で追いかけると、こちらの方が速くて、先頭車までだんだん追いついてきた。しかし、20両を越える長い編成であるから、全長500mはあるだろう。先頭車に追いつくまでに、ザガンは加速を始め、ついに走り去っていった。
炎天下の中、列車と競争してしまったため、へとへとになってオールドザガン博物館に到着。開拓の歴史や、昔のザガンの展示などがされている。30分以上も自転車をこいできたわりには、それほど素晴らしい展示はなかった。週4回、オールドザガンに乗るツアーがあるので、そのツアーのついでに見学する程度が良いのかもしれない。今の時間はあまりにも暇な時間のようで、受付の人が呼んでも来ないし、一通り見学してから入場料$5を払ったくらいだった。すぐ横には車やトラックなど、輸送の博物館が併設されているが、こちらは別料金になっていたので、見学はやめた。
帰りはのんびり自転車をこぐ。結構自転車で走っている人も多く、すれ違いざまGood day!と言ってすれ違う。アリススプリングスの町に戻ってきたのは、早くも16時となっていた。フライングドクター基地に到着すると、最後のツアー開催時間。$5を払って10分ほどの映画と実際の無線基地を見学できる。広大なオーストラリアでは、いつでも医者に見てもらえる環境にあるとは限らない。そこで、飛行機を使って医者を派遣する業務を開始したのが、フライングドクターサービス(FDS)である。その最初の基地となったのが、ここアリススプリングス。最初の設置に尽力したフリント医師は、$10紙幣に描かれている。
現在では、オーストラリア全土にその基地が14カ所設置され、ここがカバーする領域はノーザンテリトリーのほぼ全域。対象者の90%がアボリジニで、半径500kmほどのエリアをカバーするという。イギリスがすっぽり入る大きさで、本州の半分くらい。この入場料は、このFDSに利用されているそうである。さて、あっという間に時間が無くなってしまった。昔の電信電話局に行くだけの時間は残されていない。そこで、最後にアンザックヒルと呼ばれるアリススプリングスの町並みが一望できる小高い丘へ行く。これがまたすごい急な坂で、よく車が上り下りできるなと思うくらいのすごい坂。その坂を登ると、小さなアリススプリングスの町並みが一望できる。視点を変えれば、アリススプリングス駅の大ヤードが広がっている。なかなか素晴らしい景色である。
そして、陽が暮れかかったトッドモールに戻ってくると、なぜか閑散としている。なんと、ほとんどの店が17時で閉めているのだ。陽が登ると同時に仕事を始め、陽が沈むと同時に仕事をやめる。そんなスタイルが貫かれているような気がした。そして、やっている店は数軒のレストラン、バーだけ。そんな中のあるレストランに入って、パスタの食事とした。
宿に戻ったときには、すっかり真っ暗になっていたが、11時からのレンタル自転車を半日料金でいいよと言うことで、半額の$7(500円)になった。さぁ、初めてのテレビ付きの部屋だと思いきや、室内アンテナで砂嵐と戦いながら、何とか見られるという状態だった。これにて、オーストラリアの旅折り返し地点となった。カンガルー島で英会話力を鍛えられたおかげで、何をやるにももはや恐れることはなくなっていた。むしろ、ワンパターンのI want to 〜、Can I 〜で済んでしまうことに、もはや旅行で英語の勉強にすることはできないなと思った。

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