11月28日(金)
LisbonSantaApolonia10:55
AP127
14:15PortoCampanhã
PortoSãoBento
ポルト市内観光(歴史地区, ボルサ宮)
PortoSãoBento
PortoCampanhã18:05
AP138
21:25LisbonSantaApolonia22:08
Hotel335
ついにポルトガルも最終日。今日はポルトガル発祥の地でありポルトガル第二の都市ポルトへ向かう。三大酒強制化ワインの一つであるポルトワインを飲みに行くのであるが、ポルトガルの高速列車アルファに乗車するのが目的だったりする。初日の雨で訪れられなかったアルファマ地区に寄りたいところでもあるので、9時の列車はやめてその次の列車でポルトを目指すことにする。
ホテルを早々にチェックアウトし、地下鉄でロシオ広場へ。といっても、地下鉄の駅はケーブルカーの駅がある、レスタウラドレース広場の駅である。今日は天気も良くケーブルカーも走っていたので、ケーブルカーに乗って昨日の展望台へ行ってみる。出発を待っている間に歩いて到着できてしまうくらいの短い距離であるが、全ての荷物を持っている状態なので、出発を待つことにした。
昨日の暗い中の景色とは全く違っていて、展望台からはアルファマ地区の赤い屋根の風景が広がっていた。まさにポルトガルらしい、リスボンらしい景色といえるだろう。帰りはケーブルカーに乗らずに、徒歩で下っていく。かなりの急坂なので、歩いて登るとなると大変だが、下りはものの数分で下れてしまう。その後、ロシオ広場の隣のフィゲイラ広場に行って、路面電車に乗車する。
アルファマ地区方面の12番の路面電車に乗って、のんびりゆっくり古い町並みを散策する。この路面電車は、サン・ジョルジェ城周囲をぐるりと回り、アルファマ地区を巡る環状路線で、狭い路地を走るため新型車両は投入できていない。そのため、昔ながらの黄色い板張りの車両が未だに走っているのであるが、逆にその車両の方が、この町の風景に合っている。3/4周くらいしてカテドラルで下車する。そこから海の見えるサンタ・ルジア展望台へ戻っていき、適当な細い路地を海へ向かって歩いていく。白い壁の家々に、洗濯物が干してあったり、小さな果物屋があったり、のんびり散策するにはもってこい。そして、町を通り抜けると、アポローニャ駅に向かった。
今日の夜は夜行列車でスペインに戻るので、全ての荷物を持ってここまで歩いていた。バックパックであるから歩くのには問題ないが、お土産などでかなり重くなっていた。やっとここで荷物が預けられると、コインロッカーに荷物を入れた。しかし、よくよく考えてみれば、これからまた列車に乗るわけだから、荷物は持っていってポルトで預ければ良かったものを・・・。後々めんどくさいことになるのだった。
ポルトガル一にして唯一の高速特別列車、アルファに乗車する。イベリックパスを持っているので、発行手数料の3ユーロ(390円)だけで一等に乗ることができる。しかもイヤホン付きである。スペインとはえらい違いだ。金曜日の昼の列車とあってか、乗客はまばらだった。車両はイタリアのペンドリーノにそっくりの振り子式車両。リスボンの町は小さいので、車窓にはすぐに田舎の風景が広がるようになった。
出発すると程なく、最初にドリンクサービスがあった。有料か無料かわからないし、いらなかったので断ったが、実際には無料だったようだ。そして、お食事サービスが続く。これはさすがに有料のようであるが、すでにパンを駅の売店で仕入れていたので、帰りの列車で食べることにして、今回はパスした。さすが、一等だけあって、いろいろなサービスがある。
途中エントロンカメント駅までは順調に走っていたのであるが、待てど暮らせど出発しない。ポルトガル語だけのアナウンスでは、何がなにやらわからない。20分くらい停まっていて、上り列車が到着したところでやっと出発したので、この先単線で上り列車が遅れていたのだな、くらいにしかこのときは思っていなかったのだが・・・。とりあえず、後は順調に走っていった。
終点のポルト・カンパニャン駅にはその遅れを引きずって、15分遅れで到着した。単線区間があると終日遅れるものであるから、帰りもそれくらいは遅れそうである。予定していた帰りの列車は、終点リスボン・アポローニャ駅で夜行列車への乗り継ぎ時間が30分強であるから、十分乗り継げるだろう。予定通りの列車のチケットを、窓口で確保することにした。
しかし窓口は長蛇の列。やっと切符を発券してもらったと思ったら、18時の列車と言っているのにすぐの列車を発券された。今到着したばかりでもう戻るのかよ。再度列に並び直すが、一つ前の人がとてつもなく長い。このおっちゃんに発券してもらったから、変更するのもこの窓口が手っ取り早い。結局帰りのチケットを取るだけで、30分近くも時間を要してしまった。リスボンで往復分買っておけば良かった。
ポルトの中心街まで行くには、ここから普通列車で隣のベント駅まで行かなければならない。リスボンから来ると列車は折り返す形になるので、優等列車はベント駅まで行かないのである。普通列車は15分おきくらいに頻繁に走っているので、なんでもいいから飛び乗ればよい。ドロウ川に掛かる橋が見え隠れしながら、トンネルを抜けると豪華な駅に到着した。
しかし、外は雨がしとしと降っている。駅の周辺は歴史景観地区として、世界遺産に指定されているのであるが、その町並みはもやの中だ。ポルトガル一高いクレゴリス教会の塔に登ろうにも、この天候では塔からの景色は絶望的だろう。しかも徒歩で上らなければならないとなると、もう上る気は無くなる。教会を下から眺め、カテドラルを見てからドン・ルイス1世橋のたもとへ向かう。
ポルトと言えばこの橋が有名で、リスボンに負けず劣らずの丘の町がゆえに、独特の二重の橋になっている。普通の橋は橋上部が二階建てになっているものであるが、ここでは上部の橋に加えて、川面ぎりぎりにも橋が架かっているのである。ポルトでは3時間取っていたのであるが、列車が遅れ、切符の発券におくれ、さらには雨の中歩きにくく、気がつけばあと1時間くらいで駅に戻らなければならない。
ポルトワインのワイン蔵は川を渡った対岸にあり、見学ツアーもあるらしい。しかし、ボルサ宮を見学してみたいところでもある。一人で中は見学できず、ガイドを付けて回らなければならない。英語ツアーは30分おきになっており、その時間に参加するとワイン蔵には行くことは無理である。選択を迫られたが、ワインならどこでも飲めるし買えるが、この建物はここにしかない。ということで、見学ツアーに行くことにした。
次のツアーは16時半からですよということだったが、見学者は自分一人だけ。ガイドのお姉さん独り占めで、のんびりゆっくり見て回ることが出来た。ゆっくり英語をしゃべってくれて、時には単語だけ日本語を交えてくれたりして、サービス精神が旺盛なのが、やはりポルトガル人なのだろう。日本からきたと言わなくても、日本人と認識しているのは、韓国、中国人はあまりこないからかもしれない。
ボルサ宮は未だにオフィスとして利用している部屋もあり、ドアの隙間から仕事をしている人が見えた。仕事のジャマをするわけにはいかないので、ガイドをつけて変なところへ行かないようにしているのだろう。いくつもある豪華絢爛な部屋の作りに感動し、何十年もかかって石の彫刻を施した階段など、どれもこれも素晴らしかった。この石の階段は、アルハンブラ宮殿をまねて石の彫刻が造られたそうである。
一通り見学すると、一度ベント駅に戻って出発時刻を確認する。ベント駅を出発しなければならない時間まで、まだ30分くらいある。まだ時間があるのなら、本場でポルトワインを飲んで帰りたいところである。いくつものポルトワインが飲めるというバーを目指して歩いてみるが、雨が降っていて寒く、しかも駅から1kmくらいの距離にあるので、この短い時間ではやはり無理そうだった。
途中で断念し、帰り道にどこかで一口だけでもと思ったところで酒屋を見つけた。教会のすぐ脇にある酒屋で、ポルトワインばかりずらりと並んでいる。ポルトワインにも様々な種類があるのだが、ビンテージという年代物はさすがに数千円の値が付いている。しかし、ルビーやタウニーなどの6年ものや10年ものは、桁違いに安い。5〜8ユーロといったところである。元々物価が安いこともあるが、ここまで安い物なのか。
どれもこれも目移りして選びきれないでいると、片言英語をしゃべるおじさんが試飲をさせてくれた。赤の6年ものと10年もの、白も飲ませてくれた。どれもこれも安いこともあって、グラスになみなみと注がれ、試飲だけでも酔っぱらえる。結局、赤に白にハーフボトルと、大量の買い物をしてかなりの重量になってしまった。もう帰るだけだから問題ないだろう。
カンパニャン駅から再びアルファでリスボンを目指す。行きとは変わって、列車は満席だった。帰りこそは食事をしようと注文を取りに来たお姉さんに聞いてみると、片言さえも英語が通じず、どうしよう、どうしよう、といった感じで話が進まなかった。日本人の姿を見ているかのよう。隣のおばさんが片言通訳をしてくれて、なんとか注文することが出来た。機内食みたいな料理だが、12ユーロ(1,500円)でまずまずだった。
列車は順調に走っていた。が、とある駅で停車時間がとにかく長い。ここから単線区間に入るのだろうか、下り列車の到着を待っているらしい。案の定、下り列車が到着すると、こちらの列車も出発した。行きと同じくらいの15分程度の遅れだったので、これならば夜行列車への乗り継ぎ時間は問題ないだろう。しかしその先で、駅でもないところで停車してしまった。
どうしたんだ。こんなところで停まる理由はないだろ。時刻は刻々と進んでいく。残り時間が少ないだけに、1分1分が早く感じる。やっと下り列車が通り過ぎていくと、こんなところでもすれ違いだったかと思ってみても、未だに出発する気配なし。列車が停まってから、すでに15分が過ぎていた。ポルトガル語でなにやらアナウンスがあるが、全く何を言っているかわからない。
夜行列車に乗り継ぐことが絶望的な時間になった。サンアポローニャの駅に荷物を預けてしまったことにいまさら後悔する。こちらの列車も夜行列車もオリエンテ駅に停まるので、荷物を持っていればそこで乗り継ぎができたのだ。ホームを走って、荷物を出して、夜行列車に乗り継ぐには、少なくとも3分の猶予は欲しいところ。しかし、その猶予どころか駅に着いたときには夜行列車が出発しているような状況だった。
手に汗握りながら、列車の出発を今か今かと待ちわびる。そして、もう一つの下り列車が過ぎ去っていくと、やっと列車は出発した。途中、真っ暗闇の中でライトをつけてなにやら作業をしていた。どうやら、土砂崩れで単線運転を余儀なくされているらしい。次の駅で到着したとたんすぐさま発車したが、予定時刻の31分遅れ。2分の猶予しかなく、万事休す。
このまま行ったら、夜行列車に乗り継ぐことは不可能である。車掌に言おうかと思ったが、その後の走りがすばらしかった。最高速度と思われる、144km/hで飛ばしまくり、駅に停まるたびに遅れが取り戻されていた。さすが、遅れてもなんとも思わないアメリカ人とはわけが違う。そして、リスボン・サンアポローニャ駅には、10分遅れ程度で到着できた。さすが、ポルトガル人、ありがとうポルトガル!
ゆっくり荷物をロッカーから取り出せて、無事夜行列車に乗車した。今晩は一等個室寝台である。一人個室というだけで、4人用の解放寝台となんら代わり映えがなかった。ホームページに書いてあった、シャワーはどこにあるんだ。車掌は行きと同じ見習いのお姉さんとベテランのおじさんで、毎日マドリードとの間を往復しているのだろうか。やはり、グランデクラスにしておけば良かったと思った。

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