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11月22日(土)
バルセロナ市内観光(サグラダ・ファミリア, モンジュイックの丘)
Astoria Hotel

朝食は8時からと他の国々と比べると、いたって始まりが遅い。特に、日本からヨーロッパへ行くと、時差の関係で夜早く寝てしまうため、朝が早くなるのが常である。昨日は夜が遅かったにもかかわらず、6時には起きてしまった。ますます朝食時間が遅く感じてしまうのであるが、スペインに滞在するにつれ、この時間になっていることがよくわかった。

7時ではまだ外は暗かったが、8時半に出発する頃にはすっかり明るくなっていた。しかし、土曜日とはいえまだまだ早朝といった雰囲気で、町を歩く人は少ない。歩き方で散々に脅されていたので、あたりを警戒しながら町に繰り出した。明け方で少し寒い感じもするが、日中は20度にもなり日差しも強くて、夏の終わりといった気候である。すっかり冬支度でセーターまで持ってきたのに、ちょっと拍子抜けだった。

カサ・バトリョホテルは中心街からかなり離れているが、逆にサグラダ・ファミリアには近い。グラシア通りを南に進み、ガウディ作のカサ・ミラ、カサ・バトリョと見て回る。曲線を多く使った独特の建物なので、一目でそれとわかる。といっても芸術には縁がないので、ガウディさえ何者かよくわからないまま通りを歩いていた。ちなみにバルセロナは、ピカソ、ミロ、ダリなど、ちょっと変わった有名な芸術家を生み出している。カサ・バトリョの目の前に地下鉄の駅があるので、一日乗車券を購入してここから地下鉄に乗車することにした。一回の乗車は1.1ユーロ(140円)で、一日券は4.4ユーロ(560円)であるから、4回くらいすぐ乗ってしまうだろう。

スペインは物価が安いと言われてきたが、そうでもないことが感じられる。ホテルも旧市街なら古い建物ということもあり一泊一万円以内も数多いが、中心街から離れるとそうでもない。その上設備はビジネスホテル並だった。ちなみに、スペインは王様の国であるにもかかわらず、州ごとに自治権を持つのはアメリカと同じ。バルセロナはカタルーニャ地方にあり、公用語としてカタルーニャ語も利用されている。

サグラダ・ファミリア地下鉄を乗り継いで、バルセロナ最大の目的地サグラダ・ファミリアへ。駅を出たとたん、その巨大な聖堂が目の前に現れる。すごい、すごすぎる。建設開始から120年たっても未だに建設中というのもすごいことであるが、正面だと思ったガウディ作の4本の鐘楼は横の西側だった。東側が御生誕、西側が御受難を表しており、これら8本の鐘楼が完成したのみで、最終的には18本の鐘楼が建つ予定だそうである。それだけ時間をかけているだけあって、できばえは素晴らしい。とても石で作ったものとは思えない。どちらの鐘楼も階段で登ることができ、有料でエレベータで登ることもできる。しかし、歩いて登った方が、途中途中の景色を堪能できる。

それにしてもである。次から次から日本人団体が湧いて出る。こんな時期外れに日本人も少ないと思っていたのであるが、いつの時期でも日本人は海外旅行力旺盛のようである。20人ずつのグループが5つでも100人日本人がいるわけで、しかもほとんど同じ様な日程で回るから、同じ時間に同じ場所で日本人だらけとなる。他の国々の団体もいるのだが、ここまで集中することはないようである。

そういえば入場料が歩き方に書かれているものよりも値上がっていた。その後あちこちで値上がっており、何年も情報を修正しない悪い癖が影響しているらしい。03〜04年版といっても内容は01年度版のままだから、情報を売り物にする本としてはやめて欲しい行為だ。バックパッカー向けの情報は影も形もなくなり、逆に女性向けの情報の偏りも気になる。歩き方を使うのは、今度こそ辞めようと強く思った。

バルセロナの目的を終了し、あとはのんびり町歩き。ガウディといえば世界遺産にも指定されているグエル公園らしいが、遠いので行くのはやめた。ぶらぶらする前に明日の列車の予約をするため、バルセロナ最大のサンツ駅へ。歩き方では地下鉄駅から徒歩3分と書かれていたが、地上に出たら駅構内だった。相変わらず歩き方の情報はあてにならない。切符を買うのは定番の番号札方式だった。

事前に予定を立てていた時点から日程に無理があったバルセロナ〜グラナダであるが、なんと見落としで明日の日曜日には朝一のユーロメッドは走っていなかった。バルセロナ〜アリカンテを走るユーロメッド、バレンシア〜マドリードを走るアラリスに乗る予定が崩れた。直通で12時間かけて走る列車があるが、ただ移動するだけになるなら夜行列車で良い。とりあえず他に列車が無いか、窓口で聞いてみよう。

サンツ駅のタルゴ窓口のおっちゃんは単語さえも英語を話さず、まさに日本と同じ状態だった。スペイン語で言われたって何もわからないのに、なぜわからないんだという高飛車な感じで、どうにもこうにも平行線。どうせ英語を聞いていないのだから、日本語で言っても変わらないような気がする。これはどこでも同じ様な状態で、英語さえ話せば海外ではなんとかなると思い続けてきた自信がゆらいだ。

もういい、どこかで聞いてくる、といったん離れ、それらしいところを探すが外国人窓口はなかった。すると、インターネット端末を発見した。6分50c(65円)とまずまずの料金だった。そこでRENFE(スペイン国鉄)のホームページで列車の確認をすると、他に列車はなかった。これにてグラナダを目指すには、8時の列車で12時間乗りっぱなしか、飛行機ということになった。

目的の列車に乗れないのなら、ちんたら時間をかけて行くこともないので、飛行機でグラナダを目指すことにした。バルセロナからグラナダへは、イベリア航空が一日二便飛んでいるので、夕方の便で向かえば、バルセロナでまだ半日楽しめる。航空券は飛行場で直接購入することにして、結局何も鉄道切符を取らないまま、サンツ駅を後にした。何をしに来ただろうか・・・。

カタルーニャ美術館駅構内で昼食としてサンドイッチを食べた後、スペイン広場からモンジュイックの丘を目指す。1992年のバルセロナオリンピックの舞台にもなったところで、競技場はサッカーチームのエスパニョールが利用している。その競技場は中を見学することができるのだが、今時の競技場にしてはこぢんまりとしている。美術館や博物館が軒を連ねているのだが、市街展望を楽しんだだけで次に向かった。

そしてバルセロナ一の繁華街であり、犯罪多発地帯と言われるランブラス通りへ。土曜日ということもあって人通りが多く、大道芸人をあちらこちらで見かける。銅像になりきっている人が多く、チップを入れれば動き出す仕組みだ。人通りが多いので、確かにスリなどは発生しやすい環境であるが、強盗で襲われるということはないだろう。どうも相変わらず歩き方の大げさな情報に踊らされてしまった気がする。

ランブラス通り(ミロのモザイク)バルセロナの治安は悪いとは決して思えない。むしろ良いくらいだ。しかし歩き方を読むと、マドリードとバルセロナは老若男女誰もが襲われる犯罪都市で、無法地帯のような書き方がされている。しかし、それは間違いである。治安が悪いとは、町を歩けば犯罪に当たるような状態であって、治安が悪いという表現は合わない。夜出歩かない、路地裏には入らない、当たり前のことをやるだけで良い。

ただ、その治安とは別の話として、日本人だけを狙った強盗団がいたようである。シャルルドゴールで日本向けの荷物を盗んでいた内部犯が捕まったように、スペインでもそれらの強盗はすでに捕まっているだろう。そういう過去の情報をいつまでも載せ続ける歩き方にはうんざりする。平和ぼけした日本人に、防犯意識を啓蒙するのは良いけれど、いきすぎるとスペイン大使館から文句を言われかねないだろう。

レイアール広場レイアール広場、カテドラル、カタルーニャ広場などを見て回り、17時を過ぎればもう陽が傾き始めた。昼はサンドイッチだけだったから、早めに夕食を食べてホテルへ戻ろうと思って近くのレストランに入ろうと思ったら、なんとスペイン時間では昼食が終わったばかりの時間であった。シエスタで昼休みをとるお国柄でもあり、レストランが始まるのは20時くらいからで、22時が一番客が多い時間らしい。

ランブラス通りを戻りながら歩いていると、パエリャが食べられる店があった。二人前からが基本のパエリャであるが、ここでは一人前で食べられるとのこと。それならと頼んでみる。パエリャは、トマトベースのリゾットである。こちらの人にはポテトのようなサイドメニューということだが、日本人からすればりっぱな主食である。真っ赤なパエリャを前にするとどんなに辛いかと思うのだが、トマトの色で実際にはまったく辛くない。

一緒にビールを頼んだのだが、ビールを頼んでから気がついた。さっきから1リットル入るジョッキを持って、定員が行ったり来たりしている。もしやと思ったら案の定、1リットルのビールだった。エビが盛りだくさんのパエリャと大量のビールで、食べるにも飲むにも大変だったが、なんとか無事平らげることができた。レストランを出るときには、すでにあたりは真っ暗になっていた。

最後にローカル線の田舎駅になってしまったフランサ駅に立ち寄る。サンツ駅は地下駅になってしまったが、ここには未だ地上駅である。スペインではいたる所で駅の地下化が進んでおり、歴史ある駅舎が無くなっている。なにも歴史のある駅舎までなくさなくても良いのにと思うのだが、それがスペイン人の考え方なのだろう。夜はこれからというスペイン人とは逆に19時にはホテルへ戻り、早々と今日の活動は終了した。

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