'08夏 インドへの旅 その06 - ヴァーラーナシー

8月6日(水)
SWATANTRTA S EX 2562 8:50Vanarasi
ヴァーラーナシー(ガンジス川)
Alka Hotel

なぜか夜中に何度か冷房が止まり、暑くて目を覚ます。そのたびにおっさんがファンのスイッチを入れる。何度かこんなことを繰り返し、朝になった。時間調整だかなんだか長めに停まっていた駅はアラハバードという駅で、まずまず順調に来ているようだ。8時50分着の予定なので、特に朝食は頼まなかったが、頼んでいたおっちゃんの朝食は、食パンにケチャップだけというとんでもない取り合わせだった。

さて、あとはちゃんと目的の駅で降りられるかである。今回の旅の最大の不安点といえる。ほとんど定時運行ができていない状況で、いつ着くのかわかるのはギャンブルにさえ等しい。皆どうやって乗っているのか不思議でもある。到着予定時刻少し前に車掌に聞いてみたところ、9時には着く、定刻どおりだ、とのこと。めずらしく定時運行しているのか。それにしては、アラハバードからあっちこっちで長時間停車していたような。窓の外をずっと眺めて、自分で駅のチェックをするしかない。

9時を過ぎても草原の中に掘っ建て小屋があるばかりで、町に近づいているとは思えない。9時20分になると、やっと駅に到着するようだ。やれやれこんなのでも定時運行というのかと思ったら、駅名が違っていた。ぼーとして降りていたら大変だった。結局、その次の駅が目的地で、9時50分に到着した。

ヴァーラーナシー駅

ホームが人でごった返す中、外に出る。歩いてもいけそうだが、ここは荷物も多いしオートリクシャーに乗って行くかと思ったのが運のつき。大変な目にあってしまった。最初に町中のゴードウリヤーまでRp50(75円)とか言うので、そりゃ高いでしょということで40でどうだとなったので、まぁいいかと歩き方を出したらそこに50と書いてあるだろ、と50になってしまった。そんな目安書いていなければ・・・。

次にリクシャーのところに連れて行かれると、仲間が集まって来てホテルは安いところがあるよと言われる。ホテルは取ってあるからさっさと向かえというと、近くまで行ってやるからどこのホテルだ、といつもながらのパターン。今日はフェスティバルで、どこも混んでるよとまたしてもお決まりパターン。もうこれで警戒フラグがオンだ。あげくに、日本に彼女がいると見せた名刺は帝国ホテルの女性の方。これをやられると、普通の日本人は親しみが沸くようだが、自分の場合はますます警戒レベルが上がる。いつでも逃げ出せる準備をする。少し走ったところで車を停め、まだしつこく言って来る。それなら降りるというと、渋々車を走らせた。

この時点でどこに連れて行かれるか分からないので、地図の確認が重要である。最初はちゃんと向かっていたようだが、途中から細い道に入る。まぁ、方向的には間違っていない。しかし、とある路地で車を停め、ここのホテルにしろとまだいう。いいかげんにしてくれよ。いくら安くてもそんなホテルに泊まりたくない。

散々すったもんだのあげく、ついにそこに泊まっている日本人まで連れ出し、安全なホテルだ大丈夫だと、とてつもなくしつこい。それならもういいよ、と本当に降りて歩きだす。もちろん金は渡していないから、このまま逃げられても困るので、ついに観念したのかわかった乗ってけと言う。乗ってもまだぐだぐだ言っていたが、やっと着いたところは目的地よりもひとつ前の交差点だった。最後にはクルクルパーとまで言われ、あまりの馬鹿さ加減に哀れみさえ感じてしまった。自分の中でのインド人のレベルが、ベトナム人以下の地の底に落ちてしまった瞬間だった。

そこを左だよと言われるが、こういう場合大概ウソに決まっているので、右に進んだ。予想通り、左は駅に戻る道だった。さんざん歩き方のここに載っているから大丈夫と言われ、歩き方がいいように使われている。今後のためにも、歩き方にはこのホテルを載ないように忠告した。ちなみに、そのホテル名はサン・シブである。泊まっている日本人も協力しているはずなので、絶対にこういうはやめてもらいたい。また、名刺を置いてくるとか写真に一緒に収まるとかもやめて欲しい。日本人はそういうのを見せられただけで、親近感がわくのかなぜか警戒心が解かれ、高い買い物や言われた通りの事をやってしまうからだ。

ダシャーシュワーメード・ロード

さて、どこに降ろされたのかわからない状態だったので、太陽の位置と野性的勘でとりあえずガンガーが見えそうな方角を目指す。が、路地が入り組み、かなり難しい。南の方をぐるりと回り、やっとのことでゴードリヤーの交差点にたどり着いた。活気に満ちたダシャーシュワーメード・ロードを進むと、リクシャーなどの声かけだけでなく、歩いている人がしつこく、どこ行くの〜いいホテルあるよ〜と聞いてくる。キャバクラのぽん引きさながらであるが、どこまでもついてくるのが、たまったものではない。

店の売り子やリクシャーだと、ある程度であきらめるが、この人のしつこさと言ったら半端ない。ガートに行っても路地に入っても、前や後ろを歩いている。ある意味ストーカーだ。前を歩いているうちに横道にそれたりしても、いつのまにかついて来ている。あまりにもしつこいのでそこらに立っている警察に言おうと思ったところで、やっとターゲットを別に移したようで、そのすきに逃げ切った。

しかし、今度はまた違う人が。彼らは何物なのか。このブルーのシャツのあんちゃんは撒いて、予定していたホテルに近づいたら、また違う黄色のシャツの高校生くらいの少年が。目的はホテルの紹介料だろうか?すぐそこまで来ていたのでそのままホテルに入るが、その子はだまって座って待っていた。どうやらホテルを出て来たところを捕まえてガイドを無理やりやる輩らしい。結局、10時に駅を出て、ホテルに着いたのは11時半だった。ホテルに入るだけでも苦労する国もめずらしい。ますますベトナムと変わり映えない。

12時チェックアウトの部屋に入るということで、30分待ってくれとのこと。一時間以上荷物を持って歩き通したので、もう汗だく、Tシャツを絞ったら汗が絞れるくらい。そんな中待っていると、あのブルーのシャツのあんちゃんが。この人たちは何者なんだ?そして、黄色のシャツの少年とあのジャーパーニーは俺が先に見つけたんだと言っているような感じで、指さしながら何か言っている。そして、どつきあいが始まり、ホテルの人が追い出してしまった。ホテル付きの紹介屋ではなく、やはりガイド料ねらいのようだ。

やっとこさっとこホテルに入ると、まだ掃除中ということでなかなか入れてくれない。あと5分、あと5分といわれてもう30分もたってしまった。仕事が分業制で、あっちこっち一斉に掃除しているものだから、いつまでたっても終わりやしない。金目当てとなるとしつこさは半端ないが、なにもなければだらだらと仕事をするこの楽差には驚かずにいられない。これがインド人ってやつか。

ガンジス川

やっとのことで部屋に入り、シャワーを浴びたら一段落。ガンガービューだからこそこのホテルを目指して来たのであって、安きゃいいわけではない。ガートが連なり、雨季の影響で水量が多いガンガーが一望できる。なかなかよい景色。が、逃げ回っている間にガンガーは見てしまったので、あまり感動がない。

ホテルの中庭で食事をしている人がいたので、とりあえず腹ごしらえをしておこう。気がつけば朝食を食べていなかったが、水を飲みまくっているのでお腹が空かないというのもある。そして、またマサラを頼むのであるが、いつまでたっても出てこない。このホテル、なにからなにまで動きが遅い。30分以上待たされたが、まぁカレーはうまかった。その間、なぜか何人か撒いたおっさんらがスタッフルームに出入りしていた。あれだけ違うホテルを推していたのに。何を目的に何が行われているのか分からないのは、非常に不気味であり不安にもなる。

2時になり、いよいよ最後の戦場へと繰り出す。本当にそれくらいの覚悟が必要である。ホテルを出て、ガンガーとは逆の方に歩いてみる。路地がゴチャゴチャしてわかりにくい。あちこちのお店で売っているのは沐浴のためのグッズばかりで、あとはシルクが有名だそうで、シルクで作ったサリーの店が多い。

ラージェーンドラ・プラサード

かなり牛が歩いているので、いつの間にか糞を踏んでいたりする。犬も多いし、変なヤギも多い。結局何も買うもの無いなと一番大きなガートへ向かう。ダシャーシュワーメード・ロードを真っすぐ進むと、ラージェーンドラ・プラサードである。ピンクの異様な建物が不思議な風景である。どうみてもここが一番メインだと思うが、歩き方には隣のガートがメインとして紹介されている。自分の感と出版物である歩き方のどちらを信じるかと言えば、自分の感の方が正しいと思う。今までに相当騙されてきているから。

ここで船に乗るのが一番かなと思い値段を聞いて見るとRp1,000(2,500円)だと。何を寝ぼけたこと言っているのか。歩き方に$25と言われたと書いてあるのと同じ額か。馬鹿らしくて話にならない。いくらならいいんだって言うから、100ならいいよって言ったら、ありえないみたいな顔をして、500でどうだと半額になった。出しても200だなと言うと、まだ渋い顔。これはあまり値切ると逆に命の危険が迫るかもしれないと思ってきた。なんだかんだ言ってあとからふっかけっれる可能性大だ。今までの町の状況を見ても明らかだ。そんな命懸けの観光はしたくないので、船の乗船はあきらめた。

隣のガートが、歩き方でメインのガートと紹介されているダシャーシュワメードであるが、客引きもなく静かなもの。やはりここがメインとは思えない。ガート名がずれているのかと思いきや、建物の壁にガート名が書いてあるので、さすがにそこまで間違えることは無いだろう。船に乗らなくても、十分堪能できる。というか、なにしにこんな町まで来たのだろうかと空しくなって来た。ヒンズー教の沐浴の場所、つまり教会とか寺院とかと同じで、ただ川沿いにガートとよばれる沐浴するための階段が並ぶだけ。まったく観光地ではない。

町の人々は、日本人に対して手当たり次第にちょっかいを出してくるし、無意味な労力を使うだけ。船に乗るのも危険、リクシャーに乗るのも危険、歩くのも危険、はっきり言って何もできない。二度と来たくないと思った町は、世界でここが初めてだった。ひどい町というより日本人にとって危険な町。二時間くらい町歩きをしただけで、ホテルへ逃げ帰る。まさにベトナム・ハノイでの攻防さながらだった。この町にこなければデリー4日くらいで帰るつもりだったので、たった2時間のためにわざわざ列車で12時間もかけて来たわりには何もなかったし、失うものの方が多かった。

どうやら日本人観光客が減っており、日本人ならだれでもターゲットのようだ。特に若い人が海外旅行をしなくなっているようなので、インドに沈んでいる人も少ないのだろう。タクシーだけでなく、次から次から沸いて出る何を目的としているか分からない人達。彼らはまず親しくなってから、自分の店とかボートとかに連れ込もうとしているので、話してはいけない。売店で水を買っただけでも、いつの間にか横にぴったりくっついて、そこの店がいいとかずっとしゃべり続ける。リクシャーと違って歩きだから本当にどこにでもついてくる。うざったるい状態からもはや危険さえ感じ始めた。この町はいまや日本人にとって危険な町である。

ガンジス川夜景

夕食はサファリパークさながらの外に出るのも面倒なので、またしてもホテルで。ベジタリアンレストランだから肉も酒も出ないが、カレーが食べられるのでそれで十分。野菜カレーはシチューのようで、ビヤーニはお皿山盛りですごい量だった。夜中にブレーカーが落ちるハプニングもあったが、夜は静かにふけていった。


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【目次】
出発準備編
出発
デリー
アーグラ
デリー
ヴァーラーナシー
ヴァーラーナシー
帰国