'08夏 インドへの旅 その03 - デリー

8月3日(日)
デリー(ラール・キラー, ジャマーマスジット, フマユーン廟, インド門)
Star Palace

今日は一日デリー観光である。昨日切符を買いに行けたので、今日アーグラに行っても良かったが、初日は町を散策するのが、敵を知るには一番である。敵はもちろん、声をかけてきたり、ぼったくりをする人々だ。9時くらいに宿を出て、まずは朝食を食べる。駅前にずらりと食事の店が並んでいるので、ここの飯屋は最後まで重宝した。適当な店に入るとベジタリアンの店だった。

カレーが見当たらなかったので、適当なお勧め料理とナンを注文した。ベジタリアンといっても卵は良いようで、卵とタマネギをあえたサラダのようだが、もちろんナンに巻いて食べる。インドといったらなんでもカレーという今までのステレオタイプが崩れ去る。これとチャイ(紅茶)でRp50(125円)なのだから安いものだ。旅の始めで高額紙幣しかかなく、Rp500札は本物でないかもしれないからと取り替えてくれと言われた。かなりの高額紙幣だと認識する。

ニューデリー駅

食事を終えると、オールドデリーを目指す。ニューデリー駅のすぐ裏からなぜかオールドデリーの町になっている。線路を越える橋を渡ると列車が出発して行くのが見えるが、20両も30両もつながるような長い列車が多い。歩いていると、いつものごとくオートリクシャーの客引きが多いのだが、ベトナムに比べればそんなにすごいことはない。ベトナムは一分以内に次々にスライムが現れた!っという状態だったから。

しつこい人も中にはいるものの、基本的にはすぐあきらめる。じっと見るような狙われているという感じも無い。さんざん歩き方に脅されたわりには、インドはそんなに悪くない。何十年も前の情報を載せる歩き方には困ったもんだ。前回スイスでは、ハイキング中アルプスの少女ハイジのオープニングソングが頭をぐるぐる回っていたが、今回インドのテーマソングは爆風スランプの旅人よだ。猿岩石のビデオを見てから来るつもりだったが、忙しさのあまり見る間が無かった。帰ってからゆっくり見よう。深夜特急も読み返したくなった。

デリー駅

まずはジャマーマスジットを目指していたのだが、道を間違えて線路沿いにオールドデリーをぐるりと周遊、ガンディー公園を見てオールドデリー駅にまで来てしまった。一時間くらい歩いただけだが、もう暑さでへろへろだった。デリーの町はけっこう大きい。職人街というチャンドニーチョウクを進み、ラール・キラー(レッド・フォート)に先に向かう。屋店で水を買おうとすると、Rp100札でお釣りがないという。Rp100でも高額なのか、朝早くてお釣りを持っていなかったのか。

ラール・キラーは、今日は日曜日ということだろうか、まず広場に入るだけでインド人がすごい列をなしていた。外国人はなぜか割り込みさせてくれるようで、ゲートの近くでうろうろしていたら割り込ませてくれた。男女別の荷物チェックがあり、荷物を開けて細かく見られるが、中身自体は特にチェックしない。この荷物チェックは、今後いたるところで行われることになる。

ラール・キラー

広場に入ったところに入場券売り場があり、外国人料金はRp250(625円)だった。しかし、インド人はRp20。その料金が歩き方に書いてあったので、危うくぼったくりだと暴れるところだった。今後いたるところで外国人料金が設定されており、あっと言う間にお金が無くなることになった。城内に入る時にまたしても荷物チェックがあり、兵士の銃がこちらを狙っている。そこまで物々しい警戒する必要があるのだろうか。

ラール・キラーはムガル帝国の居城で、アーグラからデリーへの遷都で建設された。1600年過ぎというから、日本では江戸時代が始まったころである。門を入るとお土産屋が並んでいるが、これといったおもしろいものはない。その脇のお食事どころでしばし飲み物だけの休憩とする。暑くて汗だくになるので、1lの水がすぐになくなる。1lの水はRp10(25円)、ジュース500mlがRp20(50円)を基本に、観光地料金が上乗せされるのは日本と同じ。その先にまた建物があり、ここでも入場チェックが行われる。というか、ここまではただの荷物検査で、ここからが本当の入場なのだ。

ディーワーネ・カース

その建物には戦争博物館なるものがあり、チケットに料金が込みだそうなので入ってみるが、たいしておもしろいものはなかった。そして、広場に出ると、いくつもの豪華な建物が連なる。一番右端が博物館になっているが、これまたつまらなかったが、目の前のモスクまで出向くのがめんどうだからと城の中にモスクを作ったり、見所は結構豊富な城である。

それにしても、歩き方には城の内部の情報が文字だけしかない。門の立体図などいらないから、場内の地図を載せて欲しい。ツアー客はガイドが付いているから、こんな本でガイドする必要ないってか。ほんと、一人歩きできないガイドブックである。帰りがけに、往きで休憩した同じお食事どころでお昼とする。ベジタリアンハンバーガーに、ポテトを衣でくるんで揚げたコロッケのような食べ物だった。こういった売店のようなところでは、サンドイッチやハンバーガーを売る店が多かった。カレーだと調理がめんどくさいのだろう。インドはカレーばかりだという話とは裏腹に、未だ全くカレーにありつけていない。

ここから最初の目的地だったジャマーマスジットをめざす。ちょうど城の前はバザールになっているようで、人の波に圧倒される。それでも、変な声がかからないし、スリのような明らかにねらわれているような目も感じられない。他の国に比べれば、いたって健全な国民性に思えた。モスクに到着したのは13時過ぎ。すると、中に入るなと門番の人に止められる。確かに歩き方にも入場時刻が書かれており、今の時刻はイスラム教の人限定の時間となっているようだった。

ジャマーマスジット

13時半を過ぎてやっと中に入ることができた。靴を脱いで入るのだが、なぜかカメラを持っているとRp200(500円)かかる。まぁ、観光客からお金をふんだくる仕組みなのだろう。地元の人で、イスラム教以外の人は来ないだろうし。さらに忘れていたことに、短パンできてしまった。イスラム教では肌の露出は厳禁なので、外国人の方々は用意周到で布を巻き付けていたが、こちらは入り口で布を借りる。無料のようだが、最後にチップを求められるに違いない。

塔の上から

入るとすぐに、こっちだと連れて行かれる。で、ここで写真を撮りなさいと言われる。良くありがちのあとでチップをふんだくる人だ。そんな人はさりげなく巻いて、何はともあれ塔に登る。眺めが良いということなのだが、なんということか大混雑。塔に入れる人数を制限して欲しいところだが、どんどん登っていくものだから上は人が立てないほどの大混雑。それなのにまだ次々に登ってくるので、もはや危険な状態だ。あまり見えない状態だったが、写真だけ撮ったら降りることにした。

下に降りると列ができていて、途中から入場制限するようになったらしい。裸足で歩くにはすさまじく暑いのだが、地元の人は平気な顔して歩いている。足の裏の皮も厚いようだ。入り口に戻れば予想どおり、チップを要求され、Rp50(125円)ほど渡す。トイレ番とか各入り口ですわっているだけの人にはRp10、何かしてもらった人にはRp20〜50と使い分けた。さて、まだ14時過ぎたくらいだが、オールデリーの見所はこれくらいだ。あとはラージ・ガートというところまで行ってみることにする。

オールドデリー

オールドデリーは、まさに人間のるつぼといえる状況だ。とにかくどこもかしこも人だらけなのだが、東京のような無機質な人の多さではなく、皆活気に満ちている。生きるためにはどうするか、というものが喧噪として現れるのだろう。死んでいるのではと思うように横になっている人、物乞いをする人、牛が歩き糞まみれのドロドロの道、何から何まで日本ではありえない状況だが、こういった活気に満ちた町が日本には無いので、インドにまた来たいと思ってしまうのだろう。

オールドデリーの道はぜんぜん整理されていないのでかなり難しく、今になって思えばこのへんでオートリクシャーに乗ってれば良かった。しかし、声をかけられると脊髄反射で無視してしまうので、気が付けば逃げ回っている状態だった。ベトナムの記憶がいまだに染み付いている。また結構な距離を歩いてラージ・ガートに到着したが、今では単なる公園だった。ここで、ガンジーが荼毘に付されたとのこと。だが、すぐ近くにガンジー博物館があったので行ってみた。あちらこちら高額な入場料を取るところが多い中で、ここはなんと無料だった。ガンジーに関わる様々な品が置いてあるくらいなので、わざわざ来るまではないが。

まだ時間があるので、あさって予定していたニューデリー方面にも行っておくことにする。歩き通すことを考えていたのだが、意外と距離があってしかも暑さが半端なくて、ついに途中で挫折。オートリクシャーに乗せてもらう。声をかけてきた車にフマユーン廟までいくら?って聞くと、それがどこだかわからないと言う。世界遺産にもなっている観光地なのに。地元の人向けでやっていると、観光客向けにやっている人と違うようだ。最初の言い値50は高すぎだと思ったので、30くらいでどうかと聞くと、それではだめだということで結局Rp40(100円)に落ち着いた。まだ5kmくらいあり、歩いていたら日がくれるところだった。

料金は基本的には最初の言い値はメーターで行った時の倍くらいなので、根気よく交渉すれば半額にはなる。ただ、どうしても乗りたい時は足元みられているので、値切ることはあまりない。近場でRp50、ちょっと遠めでRp100と言われるようだ。どこに連れて行かれるか分からないということもなく、ちゃんと値段交渉してから乗ればまったく問題なかった。なんにもうるさいことはない。歩き方の記事は、困った人に当たった人がこぞって投書しただけなのだろう。インドは危ない国だと植え付けようとする意図がある歩き方には、本当に困ったものである。

このあんちゃんはなぜかしっかりメーターを動かして、料金はRp24だった。やっぱりRp30で良かったよ。まぁ、最初に交渉をしているので、こんなところで暴れても仕方がない。日本人はこういうところで、くだらない喧嘩をしているようなので、ちゃんと最初に決めたらその通りにしましょう。

フマユーン廟は世界遺産にも指定された廟である。料金はまたしても外国人料金Rp250(625円)。切符売り場のおばちゃんは、Rp500札に対してお釣りをRp200しかよこさない。250だよねぇと確認すると、あぁ忘れてたよと50をよこした。もう、こういった類いの人が多いのも、ベトナムでさんざん鍛えられたので、もう慣れっこだ。必ず入場料金は確認してから払うし、必ずお釣りも確認する。

フマユーン廟

タージマハルよりも前に建てられた建物で、完全な左右対称になっており、なんともすばらしい作りである。雨が降りそうな雲ゆきだったが、なんとか雨も降らずに見て回ることができた。一通り見て回ったら後は宿に戻るだけで、インド門でも見て帰ろう。歩いて2kmくらいの距離だと思って歩いてみるが、なんだかそれ以上にある気もする。インド門近辺では、今日は日曜日でイベントがあるのか屋台などが並んでおり、そこで水を買うと普通の店の3倍くらい取られてしまった。まったく、観光地価格というよりはぼったくり価格。

インド門

インド門からは地下鉄に乗って帰ろうと思ったのだが、もう一ブロック歩かないといけないところでやめた。メインバザールまではニューデリー駅からも歩くので、コンノート・プレイスから歩いてもあまり変わらなそうな気がした。ので、宿まで歩き通すことにした。オールドデリーと違って、整然としたきれいな町並み、変な客引きも少ないし、普通に歩ける。が、さすがにコンノート・プレイスに近くなってくると、リクシャーが停まるようになり、そっちの方向は安全じゃない、乗ってけなどと言われる。もちろん無視する。

さすがにかなりの距離歩き続けたのでへとへと。最後の力を振り絞り、駅が見えて来たと思ったら、最後の最後で駅前に出られず行き止まり。またかなりの距離を戻らないといけなかった。最後に夕食は昨日の隣の店。ほとんどメニューは同じで、もしかしたら隣と同じ店なのではないかと思うくらいだった。とにかくインドに来てまだカレーを食べていない。メニューからcurryを探すと、カシューナッツカレーしかなかった。実は、マサラもカレーだったのだが。今回はそれとご飯にするが、ご飯の量が半端ない。コーラを500mlも飲み干した後では食べ切れず、しかもカレーにバターが入っていてこれまた変な取りあわせだった。


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【目次】
出発準備編
出発
デリー
アーグラ
デリー
ヴァーラーナシー
ヴァーラーナシー
帰国